間違った旅路の果てに正しさを祈る *Reprise

著:ニコリリ


13.しゃべる猫、巨人の夢、旅の終わり


 ぼくは長い夢を見ていた。それはとても長い夢だった。
 
 目を覚ますと、黒猫がぼくの頬を柔らかい肉球でぽんぽん叩いていた。

 まあ御存知の通り、ぼくはまだ生きている。
 懐に入れていた世界一頑丈なメッセージ箱が銃弾を防いでくれた(あばら骨は折れたけど)のと、友達の機転でかろうじて助かったわけだ。

 彼にぼくを助けた方法を聞いたところ、
「芝居をしたんだ。警官がすぐそこまで来ているって芝居」
 なんて照れくさそうに答えるので、涙を堪えたはずみで折れたあばらに激痛が走って死にそうだった。

 あ、いやゴードンじゃなくって。
 ぼくも一瞬、ゴードンが別の姿に生まれ変わったのかと勘違いしちゃったくらいだけど。

 その友達の名前はアンクルナンバーK。
 妙な名前だし本人も気に入っていないみたいだったから、そう呼んだことは一度もないけど。
 彼は一言で言えば猫だ。尻尾の先の折れ曲がった黒猫、そう、あの時飛んできた黒猫だ。
 その猫の名前をぼくがどうやって知ったかというと、本人がしゃべってそう聞かせてくれたのだ。
 果たして猫がしゃべれるのかと問題にする向きもあるかもしれない。信じようと信じまいと、ぼくにとってはただの事実なので仕方がない。

 面倒くさそうにする彼をぼくが質問攻めにして、少しだけわかったことを書く。

 この小さな友達はレムのはずれにある研究所から脱走してきたそうだ。
 そこには彼のような言葉を話す動物がたくさんいたらしく、生みの親である博士はそれらをアンクル生物と呼んでいたそうな。
 どうして脱走することになったのか、彼はその辺のことは話してくれなかった。ただ、ナイの命を奪ったティンパストの名を彼は知っていた。それは彼や研究所の敵だそうだ。
 彼はそう言わなかったけど、彼がぼくを助けたのは、シャドウの言葉でティンパストが共通の敵だとわかったからなのかもしれない。

 想像するに。
 どうやらティンパストというのは、先端科学の担い手に計り知れない敵意を持った団体らしい。なにが連中をそう駆り立てるのかはさっぱりだけど。
 そんな理由で殺されたナイのことを考えると、ぼくは気が狂いそうになる。それこそ仇討ちのために飛び出したいくらいに。
 とにかく、その名前はぼくの中に刻み込まれた。この先、絶対に忘れることはないだろう。
 それが、敵の名前なのだ。ぼくの、ぼくらの、そしてナイの。

 さて、それからひと月くらい経って、さんざんぼくを苦しめた火傷や骨折の痛みはだいぶ引いてきた。
 船内をきままに散歩してきた小さな友達が、もうすぐ貨物船ホリデイが目的地に到着するらしいという船員の言葉を伝えてくれた。

 なにか目的があって乗り込んだ船ではなかった。
 傷ついたぼくが転がり込んだ倉庫が、たまたまこの船に積載する予定だった積み荷の倉庫だったという成り行きで密航するはめになっただけだ。追われてるらしい小さな友達をこの街から逃してやろうというつもりもまあ少しはあったのだけど。
 というわけで、これから到着するのがどこなのかぼくにはさっぱりわからない。
 いや、サクラ市という名前だけは小さな友達が聞いてきてくれたので知ってるんだけど、外国の地名なのでそれがどこかわからないのだ。

 ただ――。
 船が目的地に近づくに連れ、感じていることがある。
 なんの根拠もなくて、なんの論理的な説明もつかないんだけど。
 直感と、折れたあばらの内側で高鳴る胸の鼓動がそれを知らせている。

 ぼくは確信している。
 そのサクラ市のどこかに、ぼくの“世界の真ん中”がある、と。

 さて、日記のページが少し余りそうだから、最後にぼくの見た夢の話をしようと思う。
 それはとても長い夢だった。

 かつてぼくらのアジトがあった北の森の中で、ワンボックスカーが煙を上げ、停まっていた。ダメージと無理な運転が祟って、とうとうおしゃかになったのだ。
 車外に出た四人がなにか揉めている。マーカスが激昂して言ったのは、どうしてぼくをひとり置いていくのか、ということだった。
 ゴードンは言う。
「ジミーのことなら心配いらないさ。これまでだってあいつはずっとみんなのヒーローなんだから、今も、この先もずっとにそうに決まってる」
 なんて、こんな時に冗談を言うゴードンにぼくはちょっと呆れたけど。

 結局ランプさんがぼくを探すためにひとりレムに残ることになり、三人は徒歩でサンドシー砂漠に入った。大地の声に導かれるままに。
 そして彼らは砂の海の真ん中で、砂嵐の向こうに浮かぶ巨人の影を目撃することになる。
 巨人の影は北へ向かって去っていった。

 三人が巨人を追ったのは、ジェロニモがそうすることで三人の世界の中心に辿り着けるという大地の声を聞いたからだ。
 やがて三人は砂漠を越え、深い森を抜け、神々しさを放つ不思議な山に辿り着いた。

 山の中腹に差しかかった時、マーカスが大声を上げて山頂を指差した。霧の中に再び巨人のシルエットが浮かんでいたのだ。
 と、そこに三人を追ってきたシャドウが姿を現した。
 シャドウの放った小型ミサイルが三人に襲いかかる。
 ぼくは夢の中であっと声を上げた。
 なんとゴードンがメッセージ箱を手裏剣みたいに投げ、ミサイルを撃ち落としたのだ。
 なんてことをするやつだろう。あろうことかメッセージ箱は粉々になってしまった。核戦争後の人類にまで届くはずのメッセージ箱がだよ。
 あとからわかったことだけど、一度開けたせいで箱が脆くなっていたんだ。

 そうしてできた隙を突いてジェロニモがシャドウに飛びかかり、もみ合っているうち、ふたりは崖下の川へ落下してしまった。

 ジェロニモが遥か下流の川べりで意識を取り戻した時、シャドウの姿はなく、彼一人だった。
 強張った身体をなんとか乾いたところまで這い上げると、服が乾いていくのと合わせて、彼の体力もどんどん回復していった。
 川べりの斜面をよじ登って辺りを見渡したところ、そこは背の低い灌木がまばらに生えたサバンナで、遠くには草を食む動物の群れが見えていた。
 しばらく辺りを探索していたジェロニモだったけど、やがて不意に立ち止まると、じっと目を閉じた。
 そしておもむろに足元の草むらの中に彼のメッセージ箱を備えつけた。
 ぼくは高いところからそれを見、満足した気持ちになってそこを去った。最後の瞬間、ジェロニモがこっちを見上げて微笑んだ気がした。

 ゴードンとマーカスは崖下に降りて夜までジェロニモを探したが見つからなかった。
 ふたりは相談の上、巨人追跡は一旦置いておいて、さらに下流に向かってジェロニモを探しに行くことにした。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 山を下る前に、マーカスは眉間にしわを寄せて頭を抱えた。
「おれの世界の真ん中は、どうもここな気がするんだよ」
 そしてあちこちうろうろした結果、最終的にジェロニモの落ちた崖の近くに自分のメッセージ箱を備えつけた。
 すっきりした顔のマーカスは、メッセージ箱を失ってしまったゴードンに、どうするつもりなのか訊いた。
 ゴードンはにやりと笑って言った。
「中身はとっくに確認してある」
 これにはマーカスも、空から見守っているぼくも呆気にとられた。いやはやなんてやつだ、まったく。

 山の麓でふたりは神秘的な石柱の立った遺跡を見つけた。
 ゴードンはなにかインスピレーションを受けた様子で、ポケットからメッセージ箱の尖った破片を取り出すと、遺跡の入口近くの岩壁にメッセージの中身を彫り刻んだ。

 バチとかあたらないのかな……、と思ったところで、ぼくは小さな友達の肉球で優しく叩き起こされることになる。
 この夢については、もしかしたら臨死体験ってやつだったのかも知れない、と今になって考えたりもしている。

 さあこれで、日記のページもほとんどなくなった。

 と書いている内に、上から人の声や足音など慌ただしい様子がしてきた。
 どうやらようやく船が港についたらしい。
 せっかくここまで見つからずに来れたんだ。最後まで見つからないよう、こっそりと下船することにしよう。

 旅は、もうすぐ終わる。