間違った旅路の果てに正しさを祈る *Reprise

著:ニコリリ


エピローグ ニコ


 例の長い夢で見たことがどこか頭に残っていたのかもしれない。
 ぼくがメッセージ箱を備えつけたのが丘の麓の川沿いだっていうのは、なんだかそんな感じがする。

 それからぼくは黒猫と一緒に丘を登り、辺り一面のタンポポに包まれてひなたぼっこしているうちに、うとうととなり昼寝した。もう夢は見なかった。
 ぼくが目を覚ますと、湖も丘も夕焼けで真っ赤に燃えていた。
「おはよう」
 小さな友達にそう声をかけると、彼は少し離れて、勝手にぼくの日記を読んでいた。寝る直前に書き終えた、あれだ。

「ちょっと待ってくれ。もうすぐ読み終わるところだ。あー、この巨人ってのがソドップのことだったら、こいつは正夢だな。ソドップはおれと一緒に脱走したんだ」
「……勝手に人の日記を読むなんて行儀が悪いんじゃないかな」
「リトルギャング上がりのエコテロリストにお行儀についてあれこれ言われたくはないな」
 ちぇっ、ぼくはちょっと気まずくて頭を掻いた。
「ああ、面白かった」
 彼はそう言って本を閉じると、前足を舐めなめ、顔を洗いながら、
「やっぱり物語はハッピーエンドじゃないとな」
 などと言う。
 ぼくはあばらとは別に胸が傷んで顔をしかめた。
「ハッピーエンドじゃなくて悪かったな。書いた通りさ」
「ああん?」
 黒猫はぴょんとぼくの膝の上に飛び乗ってきて、ぼくの腹にパンチした。
「なにわけのわからないことを言ってるんだ? ハッピーエンドだろ」
「いや、そっちこそわけわからないよ。ナイが……、ナイがあんなことになった以上、到底ハッピーだなんて言えないよ」
「にゃお、それじゃなにか? あんたここまでなにもわからないまま書いていたのか? こいつは驚きだ」
「ん?」
「この焼け焦げたゴミ除去装置ってのは、銃撃から逃げる時に拾ったものなんだよな?」
「え? そうだけど……」
「よーっく考えてみるんだよ、自動車の中でナイ博士がなにをどうしたのか、あんたにも見えてくるはずだぜ」
「いや、だからなにをわけのわからないこと……」
 と、ぼくはそこではっと焼け焦げたゴミ除去装置に目をやる。
 これは自動車の中にあったもののはず――。
 つまりナイはこれを……?
「それじゃ、それじゃあナイは、ランプさんを車から逃したあとで……自分の身にハテナッチエフェクトをかけたはずだって言いたいのか? いや、いや、でも仮にそうだからってどうだって言うんだ? ナイの脳内で逆流した波動関数収束フローをさらに逆流させる装置はこの世にないんだよ。ナイを元通りにするすべがない」
「たくさん勉強しないといけないにゃ」
「待ってくれよ、そんなこと、そんなこと言われたって……」
 無理だ、と言いたいのをぼくは堪えた。これは希望だ。どんなに困難そうに思えても、ぼくはそのためならどんなことでも――。
「ああ、いや、冗談だよ、悪かった。それについては心当たりがあるんだ」
 黒猫は、わざとらしくヒゲをぴんとさせ、偉そうな顔つきをして言った。
「昔アンクルオンに聞いた話だけどな。次元を吹き飛ばす陣法ってのがあるらしい。これは神をも超えた力を持った者だけが扱える技なんだが……」
「……ずっとジェロニモと付き合ってきたんだから、そういう話にいちいち突っ込んだりはしないけどね……」
「まあまあ、最後まで聞いてくれ。そもそも神を超えた力っていうのはな……」
「いいって、わかったわかった」
「わかってないだろ絶対? まあいいさ、ナイ博士が言っていたのは、ゴミ除去装置と共にこの箱が閉ざされてしまう私たちの未来への道を開いてくれる、だっけ? その言葉には三つの意味があると思う」
「と言うと?」
「ひとつにはゴミ除去装置でナイ博士の命が助かるってこと。もうひとつはメッセージボックスが、あんたやゴードンたちを銃弾から守るってこと」
「なるほど」
「最後のひとつが肝心だ。そもそもそのメッセージボックスは誰に宛てて残された物なんだ?」
「それは、ぼくたちの意思を継ぐ誰かってことのはずだけど……よくはわからないけど……」
「おそらくそいつが神を超えた力を身につけることになるんだと思う」
「そんな回りくどい話ってあるかなぁ、それにナイもジェロニモもそんなにはっきりと未来が見えていたのかどうか……」
「ジェロニモは、いつの日か必ずまた会える、って言ったんだよな? また会おうじゃなくって。ナイ博士は私たちの未来への道を開いてくれるって言ったんだろう? 自分を除いてって意味はないはずだ。あ、そうか。つまり赤い帽子の少年ってのが……」

 その時ぼくは、小さな友達の声をほとんど聞いていなかった。
 全く別の声を聞いていたのだ。

 それは、まるで世界の果てから遠く呼びかけるような、重く大きな、それでいて果てしなく静かな声だった。

「……ごめんよ、ぼくもう行かなきゃ」
 黒猫を膝からおろして、ぼくは立ち上がった。
「行かなきゃって……?」
 小さな友達は不思議そうにぼくを見上げる。
「ゴードン、マーカス、ジェロニモ、早くみんなに合流しないと……。みんなが今の声を聞いたかどうかわからないからさ」
「声……、大地の声か?」
「うん、だからもう行かなきゃ。そしてみんなを集めたら――、彼を探してみるよ」
「彼って?」

 ぼくは旅立つ。仲間との再会を目指して。
 そしていつか出会うだろう。声がその名を教えてくれた、ナイを救えるただひとりの少年に。

 ぼくたちはそう、きっといい友達になれるはずだ。


おしまい!