間違った旅路の果てに正しさを祈る *Reprise
著:ニコリリ
12.最後の戦い
ぼくがこの日記帳に書きたかったことはもう書ききってしまったから、ここから先はおまけのようなものだと思って欲しい。
ナイのメッセージをランプさんから伝えられた直後、ぼくらはいきなり激しい銃撃を受けた。
襲撃者の姿は見えず、反撃も叶わず、ナイを乗せたままの自動車をそこに置き去りにして、ぼくらは逃げ出さざるを得なかった。
銃撃の盾にしたせいでぼろぼろになったワンボックスカーに飛び乗って。
自動車から吹き飛ばされてきた焼け焦げたゴミ除去装置をぼくが拾えたのは幸運だった。
それはぼくら四人に残された、ただひとつのナイの形見だ。
レムの街を逃走するぼくらを、襲撃者は的確に追跡していた。
そして巧みに先回りした彼はとうとうぼくらの前に姿を現した。
ぼくらの行く手、道路の真ん中でそれはそれは愉快そうな笑みを浮かべ、よりどりみどりの銃火器を抱えて、仁王立ちをしたバンダナの男。
ユーモア混じりに仕事をこなす男、戦士の中の戦士、ぼくら四人の師匠、そして数年前、市長を殺害した上でぼくを痛めつけ姿を消した男。
それはシャドウだった。
彼の肩に担がれたバズーカがロケット弾を撃ち出す。
ゴードンはロケット弾がワンボックスカーの目の前で炸裂する間際に、むちゃくちゃな勢いでハンドルを切った。
爆風を受け、車はひっくり返る寸前の片輪走行。で、シャドウの脇を通り過ぎたものの、路肩のゴミ箱だか電柱だかショーウィンドウだかにぶつかりエンジンを停めてしまった。
車の中はしっちゃかめっちゃかになっていて、どれが自分の腕で、どれが自分の足かわからないくらい。
ぼくの上に覆いかぶさる白目をむいたマーカスをなんとか押しのけて外を見ると、バズーカをポイ捨てしたシャドウが、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。
「ゴードン! 早くエンジンを!」
「わかってる!」
ゴードンは必死にキーを回すが、何度やってもエンジンはかからない。
シャドウはみるみる近づいてくる。
ぼくはなぜかその時、ちゃりんちゃりんという硬貨の落ちる音が聞こえたような気がして――。
自販機の前で自分より年かさの少年たちに囲まれている光景が見えたような気がして――。
そしてぼくは……。
「行くのか」
気を失ったランプさんの下敷きになったジェロニモが、ほとんど逆さまの態勢でぼくに言った。
「うん」
「……おれたちは“世界の真ん中”に自分のメッセージボックスを備えつけに行く。もちろんジミーもそうするんだ。忘れないでくれ」
「“世界の真ん中”はどこにある?」
「ひとりひとり違う場所にあるが、そこに行けば必ずわかる」
「よくわからないけど、よくわかったよ。みんな元気で」
言い終わるか終わらないか、ぼくは後部ハッチを跳ね開けて、外に飛び出した。
「忘れるな! いつの日か必ずまた会える!」
そんなジェロニモの声に背中を押されて、ぼくは加速する。
視線の先には両腕に一丁ずつマシンガンを構えたシャドウ。左右のマシンガンはもう火を吹き始めていたけど、お構いなしにぼくは突っ込んでいった。
背後では、ついにエンジン音が鳴り響き、せわしくギアチェンジされた車が急バックと急発進を立て続けに行なった気配がした、けど、それは最早ぼくの妄想かも知れない。
とにかくぼくが火線を無事潜り抜け、身体ごとシャドウにぶつかって、もみ合いながら路面を転がったのは間違いなく事実だ。
意外なことに最終的に上側になってマウントを取ったのはぼくのほうだった。更に意外なことに、もみ合いの中、ぼくはシャドウの拳銃をひとつ奪って手にすることまでできていた。
「やあ久しぶり。元気そうだね」
言う必要のないそんなことをぼくは言う。両膝でシャドウの腕の動きを封じ、銃を突きつけた状態だけど、仕事はユーモアをもって楽しく、だよな? シャドウ。
シャドウは口の端を曲げて笑い、
「さすがだなジミー。この仕事はきっとお前に邪魔されるだろうと思っていたよ」
などと嘯く。
「言えよシャドウ。誰がぼくたちを襲わせたんだ?」
「聞いてどうする? 仇討ちでもする気か?」
「それもいいかもな」
ぼくは銃口をシャドウのこめかみにぐいと押し当てて言った。
きゃーっという叫び声が聞こえ、見ると、いつの間にか通りにいた人たちが集まってぼくらを遠巻きに取り囲んでいた。
ぼくは馬鹿だ。一瞬だが、視線を外した隙をシャドウは見逃さなかった。
なにをどうされたのかわからない状態で、ぼくは身体を後ろにふっ飛ばされた。銃を手放さなかった点だけは立派と言えるかもしれない。まあなんの意味もなかったのだけれど。
立ち上がるまもなく、目の前でシャドウがぼくに銃口を向けていた。ぼくも右手の銃はシャドウに向けていた。
唇の端を歪ませたまま、シャドウは言った。
「仇討ちねえ、そんなことをあのお嬢ちゃんが望むと思うかね?」
「お前がそれを言うなよっ!」
「なあジミー、そいつに弾は入っちゃいないよ、お前を人殺しにする訳にはいかないだろう」
「じゃあどうしてぼくにこの銃を奪わせたんだ。わざわざそんなことをする必要なんてないはずだろ」
「必要ないことをわざわざやるのがいいんだろうが」
「……相変わらずだな」
「おれはお前を殺したくはないんだが、お前に殺されるのはもっと嫌なんでな」
シャドウがぼくの心臓に向けた銃の引き金を引く、かと思った瞬間、再び観衆から叫び声があがった。
もちろんぼくと違ってシャドウはそんなことに気を散らせたりはしないのだけれど、さっきと違うことがひとつ。
一声叫びながらそのひとりの観衆は、おそらく足元にあったのだろう、適当に引っ掴んだそれを、ぼくらに向けて放り投げた。
「ふぐっ!」
シャドウが変な声を上げる。
弧を描き飛来し、シャドウの顔面に張り付いたその漆黒の物体はさらに、
「みぎゃうっ!」
そう鳴き声を上げると、鋭い爪で彼の顔を引っ掻きまくった。
それは一匹の黒猫だった。
たまらずシャドウは猫を振り払い、顔を押さえて身をよじる。
ぼくは一目散にその場から逃げ出した。その時なぜわざわざ黒猫の首根っこを掴んだのか、その理由は未だにわからない。
昔飼ってた猫を思い出したのかもしれない。
元エコテロリストとして、レム市内における追跡を捲くルートは身体が覚えていた。
そのルート上の、補給地点として(勝手に)設定してあった狭く薄暗い路地裏で、ぼくは足を止めて息を整えた。
路傍の木箱のフタを開けて中から保存食とノーリーズンのペットボトルを取り出す。まだ残っていたとは、ちょっと驚きだ。
改めてフタをした木箱に腰掛けて、パワーバーに齧りつく。
少し離れたところで狂ったように背中の毛を舐めている黒猫を眺めながら、ぼくはみんなのことを考えていた。
うまく逃げられたはず、というのは確信している。ただどこへ向かったのかについては様々な可能性があって、追いかけるのは難しい。
それならどうする?
仇討ち、なんて、シャドウに言われるまで思いつきもしなかった。
今でもそんなことをする気はまったくなかった。というより、どんなことをする気もまったくないというのが本当のところだけど。
ただぼくはどうしてナイが殺されなければならなかったのか、その理由を知りたいだけだった。
と、黒猫の耳がクルッと動いたかと思うと、路地裏の出口に視線を向け、ピタッと動きを止めた。
来たか。
ぼくは木箱から腰を上げた。
「おれのことを捲けると本気で思ったのか、ジミー?」
逆光を背負って路地裏に入ってきたシャドウが楽しそうに言い、ぼくは応える。
「思うわけないじゃないか、そんなこと。でもな、だからこそ、これはぼくの勝ちなんだよ」
ワンボックスカーは今頃、無事にレムの街を出ただろう。
ぼくは続けて言った。
「できれば死ぬ前にひとつだけ教えてくれないか。ナイの暗殺を命じたのは誰なんだ?」
「いや……爆弾を仕掛けたのはおれじゃないんだが……、まあ言いたいことはわかるから教えてやる。おれを雇ったのはペニー・S・ペニー。大富豪だ。知ってるか?」
「いや知らない。どうしてその富豪がナイやぼくらを狙う?」
「ひとつだけ教えてくれ、じゃなかったか?」
「残念、そうだった……」
「お別れだな。近いうちに仲間を送ってやるから、少しだけ待ってい――」
シャドウが言い終わらない内に、悪あがきをひとつ。ぼくはゴミ除去装置を振り上げ、引き金を引いてみた。それはひとつの賭けだったけれどよかった壊れてなかったみたいだ。頭の中に爆音が響き渡り――、シャドウが視界から消えた。
が、胸を突き飛ばされたような衝撃があって、次の瞬間、ぼくの背中が地面に打ちつけられた。
身体が動かない。息ができない。最後に、ぼくの胸のところにぽつんと穴が空いているのが見えたきり、なにも見えなくなった。
「……危なかったぜ、そいつは武器だったのか。おかげでジャケットが消し飛んじまった」
ひどく遠くからシャドウの声がする。そうか、やっぱり避けられたのか……。
ぼくは死んでも構わない気持ちだったから、恐怖や不安はまるで感じなかった。
そんなぼくの気を知ってか知らずか、シャドウは続けた。
「聞こえてるかどうかわからないから、これは独り言だがな、大富豪様には裏の顔があったんだ。秘密中の秘密、悪名高き創造論者団体ティンパストの首領、それが奴の正体だ」
創造論者……団体……ティン……パスト?
なんだ、そりゃ?
そう思ったところでぼくの意識はふっつり途切れた。