間違った旅路の果てに正しさを祈る *Reprise

著:ニコリリ


9.訴状


 暗殺の話は一旦置いておいて、ゴミ除去装置の話に戻そう。どちらもぼくにとっては苦い記憶だけど、まだこっちのほうが冷静な気持ちで文章にできる気がするから。さっと済ませることができる気がするから。

 代理店が一方的に契約打ち切りを言い出したのは、ゴミ除去装置の、ある欠陥についての苦情が半端でなかったからだ。
 その欠陥については、動作試験の時に気づかなかったぼくらが間抜けといえば間抜けだけど、世間一般に言われていたような単純な話でもなかった。
 とりあえず、ゴミ除去装置の外見の説明からしようか。
 実験機では「パラボラとストラップのたくさんついた携帯電話」といった風体をしていたけど、製品版の装置は「銃口がパラボラ型の銃」というデザインにした。消したいゴミに向けて引き金を引くだけでそれが消える、というシンプルでわかりやすいプロダクトデザインのはずだった。
 ちなみに引き金を引いた時、ユーザーの脳内では波動関数収束フローの反転が起きて、ゴミにハテナッチエフェクトがかかる。ナイはこの処理の部分に手を入れて、脳がゴミと認識しているもの以外にはエフェクトがかからないようにしたのだが、欠陥の原因として、そこのところの細かいチューニングがうまく行ってなかったことが関係してないとも言い切れない。
 実際にゴミ除去装置を購入したユーザーは、まあ当然、ゴミを消そうとして、それにパラボラ型の銃口を向ける、そしてわくわくしながら引き金を引く。その時、頭の中で爆発音が響き渡るけど、そのこと自体はまあどうということもない。掃除機やドライヤーだってうるさい音を立てるものだし、なによりこの場合はその人の頭の中だけで聞こえる音なんだしね。それよりも、ユーザーが驚いて、戸惑って、後にだんだんとむかっ腹が立ってきて販売代理店に苦情のメールや電話を入れることになってしまう原因となったことっていうのは、ゴミと一緒に、それを入れてあったゴミ箱も消えてしまったということだった。
 ゴミ除去装置にはゴミ箱まで消してしまう欠陥があったのだ。
 いつでもすぐにゴミが消せるのだからゴミ箱が消えたところでたいした問題じゃないだろう、と、ゴードンなんかはそう言ったし、ぼくも大体同意見だった。でも、あれだけの数の苦情が寄せられるということは、人はゴミが出る出ないに関わらず、部屋にゴミ箱がないと落ち着かない生き物なのかもしれない、と低い声でつぶやいたのはジェロニモだ。
 安全装置の仕様について唯一理解しているのはナイだったので、なんとかゴミだけ消してゴミ箱を消さないようにする脳の在り方、というか気の持ちよう(?)についてマニュアルを書かせて、ゴードンが代理店に持っていった。それを手作業で在庫分のすべてに差し込むことで、なんとか装置の販売を続けてもらえることになった。けど結局ユーザーが取扱説明書なんて読むはずもなく、苦情が止むこともなかった。
 二ヶ月後、改めてぼくらは契約を打ち切られ、ゴミ除去装置はぼくら自身でネットに広告を打って細々と手売りすることになり、――そしてそれから程なくして、研究所の、ぼくらの、ナイの、最後の七日間が始まった。

 そしてここから、これまで語ってきた思い出話とは違って、ぼくにとって生々しい記憶の話だ。
 それはつまり暗殺の話、地獄の日々の始まりの話。
 あまりに辛くて、苦しくて、ここから先の話を書こうと思うだけで、万年筆を握ったぼくの手は振るえ、咽喉の奥から意図しない呻きが漏れ、視界が滲んでしまう。
 あの時始まった地獄は今も続いていて、ぼくは、あるいはぼくたちは、いつまでもその中に身を置き続けている。どうやったって抜け出せるはずのない地獄の中を、もがき這いずり回った挙句、ぼくひとり仲間からはぐれ、貨物船の船底で、息絶えだえになりながらその時の記憶を綴ろうとしている。
 できることなら、考えたくない、思い出したくないことばかりの一週間だった。ここで日記帳を閉じ、万年筆を置いて眠りにつけるのなら、どれだけほっとするだろう。
 それでもぼくは書かなきゃならない。誰が読むとも知れない、この旅の記録だけど、地獄の日々の最中、まさに災厄の渦の中心にぼくたちが立ったとき、確かに届けられたメッセージがあった。そのことをどうしても伝えたい。誰でもいい、ぼくたちに届けられたメッセージを一緒に聞いて欲しい。それがぼくのただひとつの誇りだから。ただひとつの生きる理由だから。――だからぼくはここまで万年筆を走らせてきたんだ。

 まずはそう、始まりは研究所の郵便受けに届いた一通の封書だった。裁判所から届いたもので、まあ一般的に言う「訴状」ってやつだ。
 マーカスが郵便受けから持ってきて、ぼくが封筒を開けた。中身を一読して意味がわからず、ゴードンを呼んだ。ゴードンは強ばらせた顔でさっと目を通すと、ジェロニモとナイとランプさんを呼び、キッチンダイニングで緊急会議となった。
 ぼくらは訴状を取り囲むように、テーブルの周りの椅子に腰掛けた。
「つまりこれはどういうこと?」
 マーカスがぼくとゴードンに向かって言う。ぼくがどう答えたらいいものかと言いあぐねていると、ゴードンが言った。
「――おれたちに宣戦布告が届いたんだ」
「相手は?」
 マーカスが尋ねた。
「ここには、ゴミ箱消失問題被害者の会と書いてある」
「うへえ、またその話かよー」
 マーカスが舌を突き出して言う。 ナイが尋ねた。
「ゴミ除去装置のユーザーが裁判を起こすと言ってきたの?」
「ああ、あくまで一部のユーザー達だがな」
「でもそれってわたしが書いたマニュアルの差し込みで解決したんじゃなかった?」
「そのはずだが、この訴状だけではよくわからないな」
 ゴードンは困り顔で答える。ぼくは訊いた。
「それ見てもよくわからなかったんだけど裁判の目的はなんなの?」
「ようは多額の賠償金を払えと言っている。おれたちにとても払えるものじゃない」
「裁判を避ける方法はないかしら?」
「無理だ、日程を見ると、裁判までもう日がない」
「よしなら戦うしかないな」
 マーカスがなぜか腕まくりしながら言う。
「裁判なんてして勝てるのでしょうか?」
 ランプさんが不安そうに皆を見回す。
「避けることができないのなら力の限り戦うだけだ」
 ジェロニモが落ち着いた声で言った。ゴードンがにやりと笑って言う。
「勝てなくてもいい、裁判ってのはようは負けなければそれでいいんだ」
「意味はよくわからないけど、なんかカッコイイな、それ」
 嬉しそうなマーカス。その時、訴状に目を落としていたナイが「あ」と小さく声を上げるのが聞こえた。気づいたのはぼくだけみたいだった。
「どうしたの?」
 ぼくが訊くと、ナイはあいまいな表情で、でもはっきりと青ざめた顔で首を振る。
「ん、んーん。ちょっと知り合いの名前見つけただけ」
「え? 原告に?」
「う、うん……」
 ぼくは連なって書かれた被害者の会メンバーの名前を見ていく。共通の知り合いじゃないのだろうか、ぼくの知った名前は見つからない。
「ほう」
 いつの間にか横から覗き込んでいたジェロニモが頷いていた。
「ジェロニモも知ってる人なの?」
「何を言ってるジミー。こいつは初めて会ったときから変わらず、ずっとおれたちの敵だった男じゃないか」
「え……?」
 ぼくは改めて訴状を見た。他の皆も訴状を覗き込む。
 そしてぼくらは見つけた。
 被害者メンバーの欄ではなく、原告を取りまとめた代表者の欄にあの男の名を。
 かつてイーストレム中学校生徒会の副会長だった男であり、ナイの見合い相手だった男。職業は、弁護士。
 そう、カルマがまたしてもぼくらの前に現れたのだった。