間違った旅路の果てに正しさを祈る *Reprise

著:ニコリリ


2.史上空前の作戦


 ぼくらはたった四人のリトルギャングチームとしてダウンタウンを駆けずり回った。ぼくらなりの正義のために。
 西に自治区やナワバリと称しストリートを私物化しているチームがあれば、行って潰し、東に子供を無理やり労働させている大人がいれば、行って成敗した。
 初期の計画では、ゴードンはもっとメンバーを増やすつもりだったのかもしれないが、なんやかや試した結果、この四人が必要充分な構成員だという結論に落ち着いた。
 そしてチームそのものは拡大せずに、傘下に多くの下部チームを従えるピラミッド型の組織を作り上げた。

 戦いに次ぐ戦い、謀略に次ぐ謀略の日々。数あるチームの中でも、ぼくらのチームはなかなかのものだった。
 頭脳明晰で冷静沈着なゴードンを筆頭に、抜群のバイタリティと身体能力を持つマーカス、まるで見えないなにかと交信するようなそぶりで物事の真理を導き出すジェロニモ、と揃いにそろった優秀な面々が力を合わせてのし上がっていく様は、そばで見ていて心震えるのを感じたものだ。
 ぼくはと言えば、チーム的には別段どうということのない個人的な土壇場に限って、例の勇気の火がニ、三度、心に灯ることがあっただけで、特に目立った活躍もないまま、ゴードンたちに引っ張られるようにして、リトルギャングとしての立場を築いていた。
 それでもぼくはぼくなりに精一杯やっているつもりだったし、ほかのみんなも別にぼくをみそっかすのように扱ったり、オマケとして考えたりは決してしなかった。

 出会いから五、六年ほど経った頃のこと、ぼくがチームの、というより仲間たちの今後の人生そのものについて、多大な影響を与える舵切りを行ったことがあった。
 ある日ぼくは、みんなをアジトに呼び出し、もっとマメに学校に通うように説得したのだ。

 その頃ぼくらのうちで毎日ちゃんと通学してる者は皆無だったし、ジェロニモにいたっては一年のうち片手で数えるほどしか教室に入ってなかった。
 当然、もうとっくに中学にあがってるはずのゴードンとジェロニモはいまだに小学生で、このままの状態が続けば、ぼくもマーカスも、同級生と一緒に卒業することはできそうになかった。

 一斉の大ブーイングのあと、すっかり大人くらいの体格に成長して、なにやら宗教家めいた自信を瞳に宿らせたゴードンは言った。
「これまでおれたちは生きるのに必要なことをみなストリートで学んできた。この先もずっとそうやっていっていけない訳がなにかあるのか?」
 そうだそうだとマーカス。ジェロニモは黙ってぼくにするどい眼光を向けている。
 ぼくは一度つばを飲み込んでから言った。
「先を見てみるんだ。明日の先、あさっての先、それからそのずっと先、ぼくらにひげが生えて、家の電気代を自分で払わなくちゃいけなくなってるくらい先をだよ」
 ゴードンが眉をひそめる。
「将来のことを考えて、学校に行けというのか? そしてその他大勢のアッパラパーどもと一緒くたになって、日々の電気代を気にしながら暮らす、くだらない大人になれと?」
 マーカスが立ち上がって叫ぶ。
「冗談じゃない! そんなのまっぴらだぜ!」
 ぼくはぶんぶんと首を横に振った。
「まさか! その逆さ。ぼくはみんながくだらない大人になってしまうのを止めたいんだ。もう一度言うよ、先を見てみるんだ。ぼくらはどうなってると思う?」
「ギャングスター」
「街の黒幕」
 仲間たちが口々に言う。ぼくはまた首を振った。
「いいや違うね。みんなも知ってるだろ? この街にはギャングスターどころか、まともなギャング団のひとつもないんだ。ぼくはずっと不思議に思ってたよ。これだけリトルギャングのチームがあるのに、どうして大人のギャングがいないのかって」
「なんでなんだ?」
 マーカスが口を尖らせて訊いてくる。ぼくは言った。
「リトルギャングだった子供が、成長したあとどうなったのか考えてみればいいんだよ、マーカス。例えば往年の名チーム、スーパーノヴァのヘッドは今どうしてるんだっけ?」
 そう問いかけると、マーカスの顔が、恥ずかしさからだろう、真っ赤に染まった。かつてスーパーノヴァのヘッドだった男は今、マーカスの父親として、仕事もなく飲んだくれの日々を送っているのだ。
「マーカスの親父だけじゃない。ぼくの親父だって昔はそれなりにイケてるリトルギャングのメンバーだったんだ。ゴードンとジェロニモの親もおんなじだよ。リトルギャングはみんな、大人になるとギャングじゃなくて手に職のない飲んだくれになるんだ」

 がーん! みんなにとってそれは衝撃の事実。
 でも実はその衝撃、ぼくは仲間に先駆け、昨夜ひとりで受けていたのだ。

 ゆうべの夜遅くぼくが家に帰ると、珍しく“しらふ”の親父がまだ起きていて居間のソファに腰かけており、通りすがりのぼくに問いかけてきた。
「ジミー、お前はどうして学校に行こうとしないんだ?」
 ぼくはちょっと面食らった。今まで親父がぼくにこんな風に話しかけてきたことは一度もなかったからだ。ぼくは内心どぎまぎしながら、答えた。
「学校なんてクソ溜めだよ。そんなところに毎日何時間も閉じ込められて、くだらない人間になるのは、ぼくイヤなんだ」
「じゃあお前たちがストリートと呼んでいる道端はクソ溜めじゃないのか? え? どうなんだ」
 詰め寄られたとき、ぼくはひとつの発見をした。親父の息は酒が入ってなくても臭いってこと。
「うーん、それに近いものだというのは認めるけど、ストリートの状態はこれから少しずつよくなっていくと思うな」
 その時ぼくは、それをやってみせるのがぼくらのチームだと思っていたが、それについては黙っていた。チームの存在意義についての問題に論点が移ってしまうのが嫌だったからだ。
「仮にお前の言うとおり、今後この街の道端が少しきれいになったとして、それから先はどうなんだ? 一生非公認の道路掃除をやっていくつもりか? そんなことができると思うのか?」
「ヒコーニンの道路掃除って?」
「比喩的な表現だ。おれだってしらふのときはこのくらいのことを言うんだぞ。つまりな、大人になってもリトルギャングをやり続けるのかということだ」
「大人になったらリトルギャングじゃないよ、本当のギャングになるんだ」
「問題はそこだジミー。いいか? お前、この街にひとつでもまともなギャング団があると思うか?」
 それから親父は過去のさまざまなリトルギャングチームとそのメンバーのその先を延々とぼくに語って聞かせた。
 終わりに親父は少し疲れた様子でつぶやくように言った。
「おれやお前にとって、街は監獄のようなものかもしれん。そこに囚われている限り世の中を見ることができんのだ――」
 なるほどとぼくは頷いた。親父は続ける。
「――いいかジミー、ストリートはこの街の中で自己完結している。ストリートは世界とつながっていないんだ。そのことをよく考えてみろ。そして、お前がおれのようになりたくないと思うなら――、監獄から出て世の中とちゃんと向き合いたいと思うのなら――とにかく毎日きちんと学校へ行け。今のお前にとってそこだけが世界とつながることのできる唯一の場所なんだぞ」

 ぼくは今も昔も親父のことが大っ嫌いだけど、そのときだけはこの人がぼくの父親でよかったって思った。たぶんそれがぼくら親子関係のすべてなんだろう。だからぼくは自分のことを幸せだと思う、その点に関してはね。

 余談だけど、この旅の記録を書くのに使っているのが、その親父の形見の万年筆だ。親父はぼくが留置所に入れられているあいだに交通事故で死んでしまった。兄貴やおふくろたちはぼくを親不孝者と責める代わりに、ぼくなど初めからいなかったということにしてしまった。
 そんなぼくに親父の万年筆がこっそり渡ったのは、ジェロニモがその時たまたま葬儀屋でバイトしていたからだ。

 話を戻そう。
 ゆうべの一件をぼくがしゃべってるあいだ、ゴードンは腕を組んで難しい顔を浮かべ、マーカスはしきりにもぞもぞしては、ときどき体中をひっかいていた。ジェロニモは相変わらず鋭い眼光をぼくに向けていたが、話が終わると、ついと視線を窓の外の林に向けた。内容は了解、特に意見はなし、のサインかな、たぶん。
「……ストリートは世界とつながっていないか……」
 ゴードンが腕を組んだまま、うなるように言った。
「おれ、親父みたいになるのだけはゼッタイ嫌だよ!」
 マーカスは頭を抱える。ぼくは言った。
「ぼくだって嫌だよ。だから学校へ行こう!」
 ゴードンがゆっくりと首を左右に振る。
「いや、学校に行ってもくだらない大人にならないということにはならん。元リトルギャング“以外の”数多くの大人がそれを証明しているぞ」
「わかってる。でもそれは他の連中と同じように毎日を過ごしたらの話だよ」
「どういうことだ?」
「今、毎日学校に通ってる奴は初めからチームに入っていないか、すでに足を洗った連中だ。そしてリトルギャングをやってる奴は学校には行かない。この街の子供はその二種類のどちらかなんだ。でもぼくらは、学校には行くけどチームはやめない。リトルギャングのままで学校に通う初めての人間になる」
「うーんそうか。なるほどな、いいぞ、それならいい」
 ゴードンは何度か深く頷いた。話に取り残されたマーカスが慌てる。
「ええ? どういうことなんだ今の? よくわかんねえよ!」
 ゴードンは満足げな顔で説明をした。
「つまりな、学校までストリートを延ばしてつなげるってことさ。学校ん中におれたちのストリートができるんだ」
「うわーお、そういうことか!」
 それからゴードンは、さっと立ち上がって、こんな宣言をした。
「よし、わかった。今ここに新しい侵攻作戦を発動しよう。次の目標は学校、まだどのチームも挑戦したことのない、史上空前の作戦だ!」

 こうしてぼくらは学校に通い始めた。ストリートはそれぞれのピラミッド組織を持つ三つの下部チームに分担して任せることにした。
 うまくしたもので、ゴードンとジェロニモは二年か三年、マーカスは一年の遅れがあることになっていて、(留年なしで進級していた)ぼくと三人は、ぴったり同じ学年として中学校に上がることになった。

 そしてまさにその中学校で、ぼくらとナイは出会ったんだ。